東京高等裁判所 昭和43年(う)997号 判決 1970年10月02日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
<前略>
検察官の控訴趣意は、原判決は、被告人四名に対する本件住居侵入及び傷害の公訴事実につき
被告人ら四名を含む日本民間放送労働組合連合会東京支部連絡会の者たち二〇数名が昭和四〇年五月一四日東京都中央区銀座七丁目一番地ヤマトビル五階山陽放送株式会社東京支社に同支社技術課員柳井宣二に対する支社側の顛末書提出要求問題についてこれが柳井に対する不当な処分につながるおそれがあるとする見地から抗議におもむき午后〇時一五分頃から四五分頃まで約三〇分間、支社側の意思に反して同支社事務室にふみとどまり、その間被告人具島が同支社総務課長兼技術課長本間孝夫の前で右東京支部連絡会の山陽放送株式会社社長に対する抗議文を朗読していた際、本間が突然フラッシュをたいてその情況を写真撮影したこと、被告人らが肖像権などをたてにそれに抗議し、そのフィルムの破棄ないし引渡を要求したが、本間に拒否されたため、同人の手からカメラを取り上げようとしてもみあい、その際同人の右拇指等に軽微な傷害を負わせた、との事実を認めながら、そのうち不退去の点については
(1) 被告人らの本件抗議行動は、憲法上その存立を保障された労働組合としての正当な目的に出た、ある程度やむを得ない行動であつたこと
(2) 目的が抗議文手交のためであつたこと、
(3) 支社事務室は比較的自由に出入できる構造で従来同所への出入にに関してトラブルが起つたことはなかつたこと、
(4) 支社の業務に格別の支障を与えていないこと、
(5) 事務室の平穏を乱そうとする積極的意図がなかつたこと、
(6) 小野課長らがすげない態度で退去を要求したこと、および双方の利益の比較
などを総合して考えると、結局「不退去罪として処罰するほどの違法性を備えていない」との法律的判断をし、また傷害の点については
(1) 写真撮影は顔写真をとつたもので明らかに挑発的であつたから相手に強い不安を抱かせ、被告人らがフィルムの破棄ないし引渡を要求したのは当然であつたこと、
(2) 右要求に応じない場合フィルムを渡せといつてカメラに手をかけひつぱる程度のことは、とくに常軌を逸した行動ではないこと、
(3) 僅かでも傷を負わせたことは遺憾で被告人らに強い反省が望まれるが、本間の身体に対する積極的暴行の意思はなかつたこと、
(4) 本間は別に助けを求めていないこと、
(5) 被告人らは労組のリーダーで、刑罰法規に触れるような行為は従来からさし控えていたこと、
(6) 傷害の程度がきわめて軽微なものであつて日常生活に支障がなかつたこと
などを総合すれば「有形力の行使により発生した軽微な結果を、単に外形的にとらえ、傷害罪として処罰するのは、刑法第二〇四条の立法趣旨及び法秩序全体の精神に照らし相当でない」こと、
を理由として、いずれも無罪である旨言い渡した。しかしながら、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認及び法令の解釈適用の誤りが存するから、到底破棄を免がれない。すなわち、
不退去の点(論旨第一点)については
1 日本民間放送労働組合連合会東京支部連絡会は、単なる連絡機関であつて労働組合ではなく、団体交渉権をもたないものであるから、山陽放送株式会社東京支社側は本件抗議交渉に応ずべき義務はない。2柳井宣二に対する支社長戸島志郎の顛末書提出要求は同人がメーデーに参加したこととは関係なく、昭和四〇年五月一日に予定されていた電波法に基づく免許切替えのための郵政省電波管理局放送業務課と支社との打合せ事務を柳井の都合により延期するよう電波管理局当局に働きかけてその予定を変更させ、よつて山陽放送株式会社の信用を失墜させたことに基づくものであるから、東京支部連絡会のこれが撤回要求は、社内問題に不当に容喙したものである。3五月一〇日以降本件の前日まで再三に亘つて行なわれた東京支部連絡会の支社に対する交渉は執拗かつ不当な抗議、要求が繰り返えされたもので決してトラブルのない平穏なものではなかつた、4本件五月一四日の支社事務室における交渉には被告人隈は当初から参加していた、5右事務室における被告人らの交渉行動はやむを得ない行動ではなく、抗議文の手交が目的ではなく、多衆の威力を背景に暴行、脅迫に及んでもあくまで顛末書提出要求撤回の目的を貫徹させようとするにあつたのであるから抗議文を手交すれば引き上げたのではなく、滞留時間の予測は不可能であり、事務所は誰でも立ち入ることのできるような開放的な構造ではなく、入口には施錠のできるドアがあり、室内にはカウンターがあつて、社員の席とは仕切られていた。支社員は正午から一時までの休憩時間中は当番制で執務しており当日当番に当つていた本間課長は勿論小野課長も予定の業務を妨害され、来客もその間待たされた。その抗議行動は本間課長の写真撮影前においても事務室の平穏を乱していた。支社は労働慣行上も抗議文を受け取らなければならない義務はなく、支社の都合もきかずにする一方的な読み上げを受忍する義務もなかつた。そもそも団体交渉権のない東京支部連絡会の行動につき労働慣行を云々することはできない。退去の要求は来室当初から小野及び本間両課長によつてなされ特に写真撮影後一層強くなされた。原判決が、東京支部連絡会の者が約三〇分支社側の意思に反して事務室にふみ止まつたことを認めながら撮影後の退去要求を売り言葉、買言葉に止まるものと認めているのは誤りである。カメラの取上げについては写真撮影後被告人ら四人が最前列にあつて、小野や本間につめより、被告人隈が本間の肩を叩き、体当りを加え、四人が寄つてたかつて本間の腕をねじ上げてカメラを取り上げたのであつて、かかる暴行が加えられたことは原審第七回公判期日における証人佐藤善二郎の供述によつても明らかである。これらの点において原判決には事実の誤認がある以上、これを前提として支社側業務上の支障と東京支部連絡会側の不利益とを比較考慮し東京支部連絡会側の法益優先を論ずるのは失当である。被告人らの事務室滞留行為は不退去罪の犯罪構成要件に該当する違法、有責な行為であり、被害法益は軽微ではなく、動機、目的の正当性、手段、方法の相当性を欠き法益の均衡をも欠いていて違法性阻却事由はない。されば原判決が不退去罪の成立を否定したのは、事実誤認及び法令適用の誤りを犯したものであつて、被告人らは有罪たるべきである。といい、次に
傷害の点(論旨第二点)については
1 原判決は、不退去罪の成立を認め難い状況の下において本間課長が突然二、三メートルの至近距離からフラッシュをたいて相手方の意思に反することを知りながら顔写真を撮つたことは相手方の人格を無視する挑発的行為であるとしているが、当時既に不退去罪は成立していたのであるし、人格を無視して顔写真を撮つたものではなく、抗議文を朗読中の被告人具島陽一を中心としてその場全体の状況を証拠保全のために撮影したのは違法行為ではない。2山陽放送の従業員でない被告人らが右現場写真の撮影に不安を感ずる理由はない。3カメラを取り上げるため本間に加えられた暴行は被告人隈正之輔、同具島陽一が本間孝夫の両腕を強く持ち上げるようにして行なわれた強度のものである。4被告人古賀勝もこの暴行に加わつている、カメラ取上げのため加えられた暴行は、常軌を逸しており、被害者が救助を求めず、室内にいた他の支社員がこれを救助しなかつたのは、いずれも東京支部連絡会の者の行動に対する畏怖の程度が甚しかつたからであり、労働組合のリーダー又は経験者であるからといつて暴行その他刑罰法規にふれる行動をしないとの保障はなく、預り証の差入れ、新品フィルムの返還は本件暴行罪の成立には何等影響するところはない。5本間の受けた傷害は軽微であつて不間に付してよい程度のものではない。原判決にはこれらの点について事実の誤認があり、原判決が被告人らの有形力の行使は「社会的に容認される限度を明らかに逸脱した行為とは認めがたく、その違法性の有無については、多分の疑いを免れない。したがつて、右のような有形力の行使により発生した軽微な結果を、単に外形的にとらえ、刑法第二〇四条の傷害罪として処罰するのは、同条の立法趣旨および法秩序全体の精神に照らし、相当でないと思われる」旨判示したのは、それが刑法第二〇四条の構成要件に該当することを認めながら、安易に違法性阻却事由の存在を認めることに帰し失当であり、傷害が軽微でないこと、行為の動機、目的に正当性がないこと、手段、方法が相当でないことを考えると、当然傷害罪を構成するものといわなければならないから、これを無罪とした原判決は法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。
しかし、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて考察しても、原判決には右不退去及び傷害に関して判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがあるものとは認められない。
まず不退去罪の成否について考えると
1 日本民間放送労働組合連合会東京支部連絡会(以下支部連という)は労働組合法第五条に定める労働組合ではないが、昭和三八年に日本民間放送労働組合連合会がその加盟する放送会社の支社が東京に置かれることが多いため、支社の従業員が住宅、手当その他の労働条件において本社の労働組合員にくらべて不利益な取扱を受けることがないように、また東京支社相互間において労働条件の較差をなくし、それぞれの向上を図るために実体を調査し、各支社と交渉するために設けられたものであるから、憲法及び労働法の予定する労働組合と認めるべきものであつて、団体交渉を有し、単なる親睦団体ないし連絡機関たるに止まるものではないことは、原審第二五回公判及び当審第一一回公判における被告人古賀勝の供述や、当審において提出された支部連ニュース等の書証によつて認められるところであり、従つて支部連が団体交渉の主体となり得ることは、本件当時まで山陽放送株式会社(以下山陽放送という)東京支社(以下支社という)がその存在を知らなかつたことにより何等の消長を来すものではない。
2 支社の同社技術課員柳井宣二に対する顛末書提出要求の経緯について見ると、本件業務課長本間孝夫の原審及び当審証言によれば、昭和四〇年四月二七日午前一一時頃支社において同課員柳井宣二から五月一日のメーデーに参加したい旨の申出を受けたところ午前一一時三〇分頃郵政省電波管理局(以下電管局という)放送業務課第三免許係佐山事務官から、山陽放送の再免許申請手続について事業収支の見積り、固定資産の減価償却方法、番組交流に関する覚書等の重要な事項につき訂正を求めたい点と質問事項があるから来局されたいとの電話連絡があり、双方の都合を打ち合せてその期日を五月一日午前中と定め、四月二七日中に戸島支社長にその旨報告するとともに本社にも連絡し、当日関連部署全員の待機方を要請した。四月三〇日午后一時頃支社において再び柳井からメーデー参加の申出を受けたので再免許申請につき電管局と折衝する重要事務があり、その事務連絡の必要上、五月一日はメーデー参加をやめて支社で待機するよう指示した。同日電管局に赴いたところ全電波労働組合本省支部(以下、全電波という)の山下書記長から柳井をメーデーに参加させるよう配慮方の申入れがあり、同日夕刻電管局の佐山事務官からも電話で組合関係の内紛にかかわり合うのは困るから五月一日の打合せは延期したい旨の申入れを受けた。そこで、五月一日朝郵政省に赴いて佐山事務官らに前日の不始末を詑び、支社に帰つて柳井にメーデー参加を許可したというのであるが当審で取り調べた右電管局第三免許係長武者三郎兵衛、同係事務官佐山邦彦の捜査官に対する各供述調書によれば、四月三〇日本間課長から、かねて電管局から支社に申し入れてあつた山陽放送の再免許申請書類に取締役の住所を追加記入する訂正事務の処理を翌五月一日に行ないたいとの申入れがあつたので、支社側の都合にまかせ五月一日に行なうことを諒承した。右追加記入事務は十分もあれば済む簡単なもので特に五月一日でなければならないということはなく、当時は再免許申請に関する重要な事項の折衝は済んで、もはやこの程度の機械的な事務を残すのみとなつていた。同日(四月三〇日)全電波の山下書記長から山陽放送との間に五月一日に打合せ事務があるかと尋ねられたので打合せ事務はないと答えた。五月一日朝本間課長が電管局に来てすまなかつたといい、追加記入事務は行なわないで帰つたというのであつて、本間証言とくいちがい、本間証言において、四月二七日に電管局から電話連絡を受けて支社と再免許に関する重要事項の打合せを行なう期日を、電管当局の都合もあつて五月一日に行なう旨取り決めたといいながら、それ以前にメーデー参加の申出をしていた同課員柳井に対し、その前日である四月三〇日に至り始めてその旨を告げて支社待機を命じたということはその間支社員の慰安旅行が行なわれ、天皇誕生日の休日があつたことを考慮しても些か不可解であること、また、五月一日支社が電管局と再免許申請の重要事項につき打合せを行なうため、本社の関連部署が全員待機の態勢をとつたとの事実の証拠上認め難いことなどに徴し、その証言中、四月二七日に電管局からの電話連絡により電管局の都合もあつて再免許に関する重要事項の打合せを五月一日に行なう旨取り決めたものであり、これが延期されたのは、電管局側の申入れによるものである旨の部分は措信し難く、これと、証拠によつて認められる、柳井は四月三〇日メーデー参加を拒絶されるや支部連にその旨を告げたので、支部連幹部において全電波の書記長山下七郎に実情調査方を依頼し、山下は電管局業務課第三免許係長武者三郎兵衛及び同係事務官佐山邦彦にその旨問い訊したところ五月一日には支社との打合せ事務はないとの返答を得たので、山下はその旨支部連に報告するとともにたまたまその頃同局に赴いていた本間課長に会い、柳井のメーデー参加取計らい方を申し入れたとの事実とに徴すれば、本間は少なくとも四月二七日柳井からメーデー参加の申入れを受けた後において、柳井をメーデーに参加させないため、ことさら電管局担当係員に申し出て五月一日に行なうべき再免許申請書類への追加記入事務を設定したが、四月三〇日同局において山下書記長から柳井のメーデー参加取計らい方を促されるや、その間における労組の動き等を察知し、自ら五月一日の追加記入事務を中止し柳井のメーデー参加を許したものであることの疑いが濃厚であり、さすれば柳井の連絡によるものとはいえ、同人が支部連を通じ全電波に働きかけて五月一日電管局において行なわれるべき山陽放送再免許に関する重要事項の打合せ事務を延期せしめよつて山陽放送の社内秩序を乱し、その信用を失墜したとする根拠はなく、柳井に顛末書の提出を命ずる理由も薄弱であるというべく、柳井らからこの間の経緯を聴取した支部連のものが、山陽放送の既往における労働組合員に対する苛烈な労務政策にかんがみ、右顛末書提出要求の意図は、柳井の組合活動を妨害するため、ことさら電管局との間に処理すべき用務を設定しその事務取扱いの期日を五月一日と定めてメーデー参加を阻止したうえ、これが延期されて柳井がメーデーに参加したことをとらえて、同人が支部連を通じ電管当局に右期日延期の働きかけをしたものとして同人を処分することにあるものと思惟し、顛末書要求を拒否した柳井を支援し、支社に抗議してその提出命令撤回方を要求するため本件抗議行動に出るに至つたのは無理のないところであつて、その動機、目的において非難すべきものはなく、支社はその交渉に応ずる義務があつたものといわなければならない。
3 五月一〇日以降昼間或いは夕刻、被告人ら支部連の者によつて連日のように支社側に対して行なわれた顛末書提出命令撤回要求の行動は双方の主張が併行線を辿り、回を重ねるに従つて、次第に激化しこの交渉がやや執拗に行なわれ、興奮の余り、威圧的な言辞、粗野な挙動にわたり、支社側においては、事態の推移を憂慮し警察署に連絡するなどのことのあつた事実はこれを認めることができるが、既に説明したように支部連が支社に対し団体交渉権をもつものとする以上は支社は支部連との交渉に応じなければならず、当事者双方が各自の主張、要求をもつて相対立する場合において、かかる事態を生じたとしても、これはかかる交渉の性質上、ある程度やむを得ないところであつて、直ちにこれをもつて法秩序の認めない程度に達したものとは解し得ない。
4 しかし山陽放送本社は支部連側の再三の抗議行動の態様経過にかんがみ、五月一一日に至り爾後柳井問題に関する交渉は本社において直接これを行なう旨支社を通じて支部連の者に通告したので、被告人らは、本件当日(五月一四日)は、既に顛末書提出命令撤回要求が支社を相手方としては行なうことができず、またその目的を達し得ないことを知つて交渉の方針を変え、山陽放送本社谷口社長宛の柳井問題に関する抗議文を持参してこれを読み上げた上、支社を通じて本社に送付させるのを目的として支社に赴いたものであり、被告人古賀、同林、同具島を含む支部連のもの二〇数名は同日午后〇時一五分頃からそれぞれ支社事務室に入つたが、被告人隈正之輔はこれに当初から加わつてはおらず、後に被告人具島が抗議文を朗読している際に遅れて到着したものと認められ、このことは、被告人隈が原審第二五回公判及び当審第一二回公判において供述するところであり、これに反する証人本間孝夫、小野豊の各証言は咄嗟の事態の正確な認識に欠けるものがあつて直ちに措信し得べきではない。
しかして、日常における他人との交渉はその住居、事務所等に赴いて行なわれることが多く、その交渉は弁済の督促、取引における相手方の不誠実の指摘等居住者において快しとしないものがあるが、これは交渉に伴う必要避くべからざる結果であるから、住居への立入りは相手方の意思に反するからといつて直ちに刑法第一三〇条前段の住居侵入罪を構成するものではない。行為者の目的、侵入の態様、居住者の意思に反する程度等具体的事情の考慮が必要であつてこれらを総合して住居等の平穏が乱されたかどうかを決定しなければならない。況んや既に適法に住居或いは事務所内に入つている者の行為が同条後段の不退去罪を構成するかどうかは、行為者の滞留の目的、その間になされた行動、居住者の意思に反する程度、滞留時間等を具体的に考慮し、滞留の時間と滞留権との釣合いにおいて住居等の平穏が乱されたかどうかによつてこれを決すべきものである。これを被告人らの入室後の行為について見るに、先に到着入室した者らがカウンターのところで被告人古賀を中心として来意を告げ抗議文の受理、本社宛付送方を求めたところ、応待に出た編成課長小野豊、次いで本間孝夫がそれぞれ支社は交渉相手とならない旨を告げて退去を求め、抗議文の受領をも拒否したので、このときから支部連側の者から不穏当な言辞が発せられ、支部連のものはなお室内に止まつて同様の要求を繰り返えしたところ、本間、小野は再び退去方を求めて応待を打ち切り、各自席に戻つて行つたので古賀ら支部連の者はそのあとを追つてカウンター内に入り本間課長の席に近づいて同人を取り囲み、抗議文の受領朗読を拒否する本間を自席に着席させ、古賀が具島を促して抗議文を朗読せしめるに至つたものであつて、入室後この時点に至るまで約一五分間に亘る被告人らの、事務室内滞留及び、その間の行動は平穏を欠いていてこれを社会通念上相当な行動であるということはできないところであるが、既に述べたように山陽放送側は本社において交渉に応ずる旨通告し、支社としては直接団体交渉に応ずる権限はなく支部連としても団体交渉権はないとしても、労使間の交渉方法は極めて流動的なものであつて、支社に対し社長宛の抗議文を交付してその送付方を求めるが如きは、労働慣行の有無を問うまでもなく、支部連の山陽放送本社に対する交渉方法の一として是認し得るところであり、抗議文の受領、その朗読、本社宛郵送の如きは、格別支社の業務を妨げ、その労務政策に反するものとは認められないから、支社側は、本社が交渉の相手であることを理由としてこれを拒否し得べきではなく、この限りにおいて支社側は応待の義務があるものといわなければならないから、支社側の小野、本間らが当初から支部連のものとの応待を拒否し又は抗議文の受領を拒んで退去を求めたことは相当でなく、その退去要求は、刑法第一三〇条の不退去罪の構成要件要素たる「退去を求め」たものに該らないものというべく、また支部連の者らの如く各自の職場を持つているものが昼の休憩時間を利用して他の支社に赴く場合には長時間滞留しないことを常とすることはそれぞれの所属する支社の勤務時間の関係上肯けることであるのみならず、当日の支部連のものの行動は、従前のものとは異り、支社を直接の交渉相手とするものではなく、本社宛抗議文の受領、送付の要求を主眼とするものであつたことは、入室の当初被告人古賀らから告げられた来意に徴して明らかであつたのであるから、滞留時間は、この点からも自ら予測され得るところであつて、このことは、支部連のものが、被告人具島の抗議文の朗読後、カメラを取り上げてフィルムを預り、その預かり証をおくなど、本間による写真撮影の後始末を終えた後間もなく退去したことからも窺われるところである。さらに支社の事務室はすべての人に解放されているものでないことは所論のとおりであるが、また所用のある者はドアを開けて事務室に立ち入りカウンターで用件を果すに十分でないときは相手の席の傍らまで赴いて用件を果すことは、日常行なわれているところであつて、何等違法ではない。もとよりこれは相手方の明示又は黙示の同意があるものと認められる場合であつて、本件のように約二〇名で室内に立ち入つた場合にまで直ちにこれを拡張することはできないが、既に説明したように支社側が本社の窓口として被告人ら支部連の者との交渉に応じなければならない立場にある以上、これらの者がカウンターから本間の自席まで立ち入り滞留してこの種の交渉を継続したこと自体は違法ではなく、これらのものの中には罵声を発して喧騒にわたつた者があつたとしてもこれまたこの種の交渉に伴うある程度やむを得ない行動として不穏当ではあるが未だこれを以て法の認めない違法な状態に達したものということはできない。従つて本間、小野両課長がその間各自予定の義務の遂行を妨げられたとしても、支部連の者と応待する義務がある以上、これもこの義務の一内容であるとみるべく、またやむを得ないところといわなければならない。しかして、抗議文の取次を拒否された後、被告人具島が抗議文を朗読したのはその抗議行動の一環と認められ、その朗読中、支部連の者らは静粛にこれを聴いていたところ本間課長は突然、具島の二、三メートル前から具島を中心として支部連の者の写真をフラッシュをたいて撮影したので、支部連の者らは右朗読終了後直ちにこれに抗議して、フィルムの引渡を求め、本間はこれを拒否して小野と共に「帰れ」といつて退去方を求めたこと、右写真撮影に対する抗議、フィルムの引渡要求は、支部連の者ら挙つてこれを行ない、特に被告人隈は語気荒く、本間の身辺に詰め寄り、両手の指で本間の身体に触れるなどしてフィルムの引渡方を求めその気勢で本間をして前に持つていたカメラを背後にかくして被告人具島のいる方へ後退するに至らしめ、よつて被告人具島が本間の背後からその手に持つたカメラを取り上げ、よつて本間に軽微な傷を負わしめたものであることが認められる。これら写真撮影に対する抗議、フィルムの引渡要求、カメラの取上げなどの一連の行為は本間の写真撮影という偶発的な行為に挑発されて起つたものであつて、(右カメラの取上げは後記のように違法である)、その間フィルム引渡の要求を拒否する本間から退去要求が発せられたのは適法なものであつたが、その後に行なわれた被告人具島によるカメラ取上げのための有力の行使は、右退去要求直後に行なわれて瞬時の内に終了し、その後退去に至るまでの約一〇分間は、カメラからフィルムを抜き取り、預り証を認め、これを読み上げて交付するという、本間の写真撮影行為が惹起した結果に対する必要な後始末のための時間であつて、これを終るや、被告人ら全員は直ちに平穏に退去したことが認められるから、右退去要求が発せられてから退去するまでの時間は未だこれをもつて不退去罪を構成するに必要な滞留時間の経過であつたものと認めることはできない。
そうであるとすれば被告人らの本件事務室滞留の所為は未だ刑法第一三〇条後段の不退去罪に該当することの証拠があつたものということはできないものといわなければならない。されば原判決が「被告人らが支社側から要求を受けてその事務室から退去しなかつた行為は刑法第一三〇条所定の違法性を備えていないと認めるのが相当である」旨判示したのは措辞やや明確を欠く嫌いがあつて、所論のように不退去罪の構成要件には該当するが、未だ可罰的違法性を備えていないかのように解せられないでもなく、そうであるとすれば構成要件のもつ規律的機能、保護的機能をゆるめ、また逆に違法でありさえすれば構成要件に該当するとの論議を導き出す嫌いがあつて刑法の保障的機能をも誤るおそれがないではない。しかし原判決は結局不退去罪について犯罪の証明がないとしたのであるからその結論が誤つているわけではない。従つて法令の解釈適用を誤つた旨の①の論旨は採用できず、従つてまた違法性阻却事由がない旨の②の論旨もまた採用の限りではない。以上認定の事実は、原判示認定事実と異るところがあるとしてもこれが判決に影響を及ぼすところはないからこの点の論旨は理由がない。
次に、傷害罪の成否に関して、先づ本間孝夫の写真撮影行為の適否について考察するに、憲法第一三条の保障する個人の私生活上の自由の一つとして何人もその承諾なしにみだりにその容ぼう、姿態を撮影されない自由を有するものというべきであるが、その自由も公共の福祉のため必要ある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。そして犯罪の捜査をすることは公共の福祉のため捜査官に与えられた国家作用の一つであり、これと並んで捜査官以外の一般人にも現行犯逮捕の権限が与えられていることにかんがみ、一般人でも現に犯罪が行なわれ、もしくは行なわれた後間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性、緊急性があり、かつその撮影が一般に許容される限度を超えない相当な方法で行なわれるならば、裁判官の令状やその者又は犯人の同意なしに適法に犯人の容ぼう等のほか、犯人の近辺にいたため除外できない人の容ぼう等を撮影することができるものといわなければならない。しかもかかる場合の写真撮影は現行犯人逮捕の場合と異り、直ちに犯人の身体に拘束を加えるものではなく、写真を後日犯罪の存否究明の資料に供するためにするに止まるものであるから、必ずしも何人にも現に犯罪の行なわれていることが疑いを容れない程度に明白な場合でなければならないものではなく、社会通念に照らして犯罪の疑いある行為が現に行なわれており、撮影者もまた犯罪の疑いある行為が現に行なわれているものと認めた場合においても、また刑事訴訟法第二一七条の制限にかかわりなくこれをすることができるものと解するのが相当である。これを本件について見ると、本間等は、支部連の者が来室した当初から応待並びに抗議文の受領を拒んで退去を求めていたのに、これを無視して抗議文の受領、取次ぎを執拗に要求しながら二〇数名の者が本間の後を追つてカウンター内に入り、或る者は本間に対し罵声を発したりしながら本間の自席(事務机)の所まで来て本間を取り囲み、本間を着席させるなどした上、古賀の指示により具島が抗議文の朗読を始めたのであつて、その行為は本間らの意思に反し執拗、強要の嫌いがあり、社会通念上は、不退去罪等の現に行なわれている疑いの存する客観的状況であり、本間において被告人具島を含む支部連の者二〇数名の来室者の室内滞留行為に困惑し、たとえ抗議文朗読中は一時静粛であつたとしても、来室後この時点までの一連の行為が社会通念上常軌を逸し不当であつて不退去の犯罪を現に行なつていることの疑いがあるものと考えたとしても無理からぬところであつたというべく、同人はかかる状況下において、小野課長に示唆され、支部連の者の右滞留行為中の一時点の情況の証拠を保全するため、前日戸島支社長から命ぜられて準備していたストロボつき写真機を取り出し、抗議文を朗読中の被告人具島の二、三米前から同人を中心とする来室者の写真を、フラッシュをたいて撮影したものであつて、その主観的意図においては故らに被告人具島の人格権を侵害する意図をもつて同人の顔写真をとつたものとまでは認められないから、被告人具島らの来室後抗議文朗読に至るまでの滞留行為につき住居侵入乃至不退去罪の成立の認め難いことは前示のとおりであるとしても、これに対する証拠保全の意図に出た本間の写真撮影行為は適法であるというべく、およそ一般人の出入する場所で一定の主張に基づいて行動を行なう者は、一般人から認識されることを当然予定しているものというべく、これが写真のフィルムやテープコーダー等に記録されることだけを拒否する権利があるものとは解し難いところであるから、被告人具島らは右本間の写真撮影を拒否し又は撮影したフィルムの引渡を求める権利を有しなかつたものといわなければならない。しかしながら上記のような複雑な事実関係を背景とする労使間の紛争の場において、支部連の者らにつき未だ住居侵入ないし不退去の罪の成立を認め難い状況の下で、同人らの当面の応待の相手方である支社側責任者本間孝夫が、突然二、三メートルの至近距離からフラッシュをたいて抗議文を朗読中の被告人具島らの容ぼう姿態を含めての写真をその意思に反することを知りながら撮影したことは、被撮影者らには同人らの人格を無視しこれをあらわに犯罪者として取り扱う侮辱的敵対行為として映じたのは当然であつて、同人らが、右写真撮影は肖像権を侵害するばかりでなく山陽放送の既往における苛烈な労務政策から見て右写真を同人らに対する如何なる不利益な証拠として利用されるかも知れないおそれがあるものと考えて不安危惧の念を抱いたのも無理からぬところであり同人らが肖像権をたてに強く右写真撮影に抗議し、直ちに撮影済みフィルムの引渡を求めるに至つたのは、本間の写真撮影行為を被撮影者らの権利を侵害する違法行為と誤信したためとはいえ、同人らの権利を防衛する意図に出たものと認められるのであつて同人らがかく誤信したのはその情況下においては、やむを得ないところであつたと認められる。
次にカメラを取り上げるに至るまでの経過を見るに、被告人具島が抗議文の朗読を終えた瞬間支部連の者たちの間から「写真をとるとは何事か」「われわれに挑戦する気か」「誰の命令で写真をとつたか」「肖像権の侵害だ」「なんの証拠にするのか」「フィルムを返せ」など抗議の声が一斉に起り、本間は二枚目の写真をとろうとして写真機を構えたが傍にいた支部連のものがレンズの前に手を出したりしたため果さなかつたところ、本間は更に起つた抗議の声に対し「自分の部屋で写真をとるのが何故悪い」「帰れ」といい、小野も「帰れといつても帰らぬ奴はこじきか押売りだ」と怒鳴つたりしたが、電話がかかつて来たため支部連の者らの囲みから出て行き、本間一人がその場に残り、この時被告人古賀が「みなさん、フィルムを預かりましようか」と支部連の者らにはかつたところ、皆賛意を表した。そこで被告人隈が本間に近づき激しい口調で「フィルムはなかつたことにしてもらいたい」、「フィルムを預からせてほしい、一緒にカメラ屋に行こう」などといつて本間にカメラの引渡を求めるべく両手の指で本間の体にふれたりして、強く要求した。本間は、これを拒否して応ずる気配を示さず、カメラを取り上げられるのを防ぐため両手で前に持つていた前記カメラを後ろにまわしてかくす様にして両手に持ちかえ、事務室と応接室との間仕切りあたりまで後ずさりし被告人具島の立つている前まで後退してから詰め寄る被告人隈と被告人具島との間に挿まれた格好になり、本間が後ろ手に持つたカメラが具島の眼の前に来る状態となつた。そこで具島は「私が撮られたのだから私が預かります」と支部連の者らの賛意を確かめると同時に、本間の諒承を求めるかの如くいいながら、本間の手にあるカメラの上と下から同被告人の両手をあててカメラを持ち、これを下から上へ持ち上げるようにし一瞬強く力を加えて、カメラを取られまいとして強く押さえている本間の両手から引き抜き取り上げた。この瞬間カメラを押さえていた本間の両腕が逆に持ち上げられる格好にはなつたけれども特に強く捻られたという程のことはなく、唯カメラを強く押さえていたため、引き抜かれたとき右拇指等に軽微な傷を受けた事実が認められる。これらの事実は被告人具島がカメラを強く引き抜いたとの点及び本間が傷害を受けたとの点を除き、ほぼ関係被告人らが原審及び当審公判廷で認めているところである。原判決は被告人具島、同隈が本間のひじを押さえ被告人林もこれに共同した旨認定しており証人本間孝夫は原審第五回及び第六回公判廷においてその旨供述しているが、同人の右供述においても、被告人古賀、同林が参加したとする部分は、被告人具島、同隈の行動に関する供述部分にくらべて概括的で具体性に欠け被害感情からする誇張があるばかりでなく、被告人隈ら支部連の者に激しく詰め寄られて興奮した状態のもとでカメラの引渡を拒んでいるうちに背後に廻したカメラを後ろから瞬時に奪われた関係で、その前後に亘る事実関係についての認識及び記憶が正確であるとは認められず果して被告人具島及び同隈が本間の肘を押さえ両腕を強く持ち上げるなど直接その身体に有形力を加えたか否かについては同人の供述に十分の信憑性を認め難く、本間孝夫からやや離れた位置にいたと認められる被告人古賀、同林の行動については尚更であり、他にこれを認めるに足りる証左はない。また原審第九回公判における証人小野の供述もカメラが取り上げられた当時本間の身辺から離れていた関係から、その間の事実関係については必ずしも明らかなものといい難く、原審第七回公判における証人佐藤善二郎の供述も、被告人の特定については特に加えるものがない。しかし、被告人具島が本間孝夫の意に反して本間が両手で押さえ持つたカメラを取り上げるためこれを同人の両手で押さえ、引き上げるようにして取り上げたことは同人の認めるところであり、刑法第二〇八条の暴行罪の成立には有形力が直接人の身体に加えられなくても間接に加えられれば足りるところ、被告人具島にカメラ引渡を求める正当の理由のないことは前述のとおりであるから、被告人具島の本間に対するカメラ取上げのための有形力の行使は客観的には暴行罪の構成要件に該当する行為であるといわなければならない。しかしてこの暴行の結果本間孝夫が左手人さし指のつけ根の内側に軽度の挫創及び左手背に打撲挫傷の傷害を受けたことは原審における本間の証言及び治療に当つた証人医師青木寛の原審第七回公判廷における供述によりこれを認めることができる。もつとも同人の証言によれば、本間の受傷のうち前者は長さ一糎と0.4糎の切創で、せいぜい二、三日で治るものであつて、人によつては手当も受けず放置する程度のものであり、後者はいわゆる打身で患者の訴えに左右され、医師でも正確にはその程度を判断し難いものであるというのであり、受傷直後の告訴により、捜査官が前記預り証の提出を受けてこれを領置した際の領置調書にも、被疑事件名に傷害が挙げられていないことに徴しても極めて軽微な負傷であつて、これがため本間が執務や日常生活に特段の支障を被つたものとは認められないものであり、後遺症がある旨の本間の原審証言は措信し難い。
次に違法性阻却事由の有無を検討すると被告人具島がカメラを取り上げた行為については違法性阻却事由ないし超法規的違法性阻却事由も存しない。すなわち暴行が労働組合法第一条第二項により労働組合の正当な行為とされるものでないことは、判例上明らかである。ところで社会生活には自然力の行使が常に必要であつて、暴行と判断されるものにも主観、客観の要件において多種、多様であればこそ、それに因る傷害が発生した場合においても刑法第二〇四条は重きは懲役一〇年から軽きは科料五円(罰金等臨時措置法第二条第二項)までの刑を定めているのであつて、その最も軽い刑で処断するに足る違法性さえないということは殆んどあり得ない。もとより通勤時の交通機関の乗降の際に往々生ずる自然力の行使及びそれに伴う擦過傷程度のものは社会生活上看過されるが、これは基本的行為が暴行に当らないか、ないしは黙示の同意がある場合であるが故に看過されるものと解するのが相当である。これに対して利益が相反する労使間の交渉の過程に同程度の揉み合いが起り、傷害が発生するならば、その基本的行為は暴行に当り、黙示の同意もまた予想されないので傷害罪と解されることが多いのであつて、本件においてもこれらの事情の差異を考慮に入れることなしに可罰的違法性の理論を用いて刑法第二〇四条の立法趣旨又は法秩序全体の精神を援用することは許されないものといわなければならない。
次に刑法第三五条ないし第三七条の定める違法性阻却事由に当らない場合においてなお違法性がないと解される場合があるかは、いわゆる超法規的違法性阻却事由として違法性の有無が具体的、実質的なものであるところからその存在を否定することはできないが、またこれを安易に認めることは刑法の弱体化と社会的弊風の是認につながるおそれがあるので慎重でなければならない。そして超法規的違法性阻却事由については目的の正当性、手段、方法の相当性、他に適当な方法を容易にとり得なかつたのか(補充性)、法益の均衡等を考慮に入れ、社会通念上実質的違法性を欠くかどうかを判断しなければならないが、本件においてはこれらすべての要件を欠いているので、超法規的に違法性を阻却するともいうことができない。ところで本件傷害の公訴事実は被告人四名の共謀による傷害として訴因が構成されているので更に検討すると、その間の事実経過は被告人古賀の「写真を預かりましようか」との提案に始まり、それによる被告人隈の前記カメラ引渡要求の行為、被告人具島によるカメラ取上げの暴行と展開するのであるが、叙上の経過状況からみても未だ被告人四名の間に暴力ないし強制によつてもカメラを取り上げようとの共同意思が構成され、被告人らが共同一体となつて被告人具島の手を藉りてその犯意を実行に移したものとまでは認め難い。しかして被告人隈は前示のように本間に詰め寄り両手の指で本間の身体にふれるなどしてカメラの引渡を求めたものであるが、右は未だカメラの引渡を促す説得行為たるに止まるものと認められ違法な有形力の行使とまでいうことはできない。もつとも被告人隈がかようにして本間孝夫の左側から語気荒くカメラの引渡を求めて同人に詰め寄り、本間をして後退しながらカメラを後ろ手に持ちかえるに至らせたことは同人の原審第二六回公判及び当審第一二回公判の供述、原審証人佐藤善二郎の第七回公判の供述、原審証人七戸正子の第二二回公判の供述によりこれを認めることができ、その結果として本間がカメラを後ろ手に持ちかえて被告人具島の前まで後退して行き、被告人具島をして有形力によるカメラの取上げを容易ならしめたことは否定できないところであるから、これを具島の前記暴行ひいては傷害の幇助と認め得ないではない。しかしながら具島につき暴行ないし傷害の罪の成立を認め難いことは後記のとおりであるからこれと同一の事情にあり、且つこれに従属して成立すべきこれらの罪の幇助犯もまた被告人隈につき(訴因の追加、変更等の措置をとるまでもなく)その成立を否定すべきものといわなければならない。被告人古賀は本間及び柳井の事務机を隔てて本間と相対する位置にあり、直接カメラ奪取の暴行に手を加えてはいないものと認められるし、「皆さんフィルムを預かりましようか」と提案し支部連の者らの賛成を得たということも暴力乃至強制をもつてしてもカメラを奪取する意思をもつてこれを一同に諮つたものとまでは認められないから被告人具島の右暴行ないし傷害罪の教唆ないしは共謀による共同正犯の罪責もこれを問うことはできない。被告人林は本間の事務机と戸島支社長の事務机との中間辺に位置し、被告人具島のカメラ奪取当時は、それ以上本間の方に近付いていなかつたものと認められるから、原判決認定の如く本間のひじを押えて本間の席の方へ押し出すなどしてもみ合い、カメラ奪取の行為に加功したものとは認められない。従つて傷害の点については被告人古賀、同隈、同林はいずれも犯罪の証明がないものといわなければならない。さればカメラ取上げのため有形力を行使したのは被告人具島のみの行為であると認められ、しかして右は正当の理由なき有形力の行使であること前示のとおりであるから客観的には暴行罪の構成要件に該当する違法な行為たるを免がれないのであるが、前示のとおり、右有形力の行使は、被告人具島において本間の写真撮影が違法な行為であると誤信し、これが被告人具島等の権利を侵害し、又は侵害する現在急迫の危険があり、これを排除して自己の権利を防衛するためフィルムの引渡を求めるのはやむをえないところと信じてなしたものと認められ、同人がその情況下においてかく信じたのは無理からぬところと考えられるので、その所為はいわゆる誤想防衛行為に該当し、暴行罪の故意責任を欠くものということができる。しかしながら本間孝夫はよつて軽微な傷害を受けたものであるから過失傷害の成否につき検討すると被告人具島は本間の写真撮影行為を急迫不正の侵害と誤認したことにつき前示事実経過に照らし、過失の責むべきものありとも認め難いから訴因の追加、変更の措置をとるまでもなく、本間孝夫に対する傷害の行為は、被告人具島についても犯罪の成立を認め得ないものといわねばならない。されば本件傷害の公訴事実は被告人四名につきいずれも犯罪の証明なきに帰し、原判示認定事実は以上の諸点において当裁判所の認定するところと異るものがあるが被告人四名につき傷害罪の成立を否定すべきものとする点において当裁判所の判断とその軌を一にして正当であるから、右事実の誤認は判決に影響を及ぼすところはないものといわなければならない。それ故本論旨もまた理由がない。
よつて本件控訴はいずれもその理由がないから刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。(遠藤吉彦 青柳文雄 菅間英男)